2023年7月30日日曜日

説教メッセージ 20230730

暑い日が続きますね。そんな中ニュースを見てびっくり。「地球温暖化の時代は終わりました」と国連事務総長が声明を出しています。え?っと思ったら、さらに悪化しているという事。気候変動だけではなく、社会の事件や不正、戦争もむつかしくなるばかり。自分の人生も社会も生きにくくなった。そんな風に感じませんか?神の国はどんなもの?どうしたら実現するの?聖書には答えが書かれているんですよ。一緒に聞きましょう。明日は復活教会で礼拝を担当し、YoutubeとFacebookでも中継を見ることができます。礼拝でお会いしましょう。そして、平和にいっしょに生きていきましょう。お待ちしています。

聖書の言葉

マタイ 13:31~33&44~52 (新25)

13: 31イエスは、別のたとえを持ち出して、彼らに言われた。「天の国はからし種に似ている。人がこれを取って畑に蒔けば、 32どんな種よりも小さいのに、成長するとどの野菜よりも大きくなり、空の鳥が来て枝に巣を作るほどの木になる。」33また、別のたとえをお話しになった。「天の国はパン種に似ている。女がこれを取って三サトンの粉に混ぜると、やがて全体が膨れる。」

44「天の国は次のようにたとえられる。畑に宝が隠されている。見つけた人は、そのまま隠しておき、喜びながら帰り、持ち物をすっかり売り払って、その畑を買う。45また、天の国は次のようにたとえられる。商人が良い真珠を探している。 46高価な真珠を一つ見つけると、出かけて行って持ち物をすっかり売り払い、それを買う。47また、天の国は次のようにたとえられる。網が湖に投げ降ろされ、いろいろな魚を集める。 48網がいっぱいになると、人々は岸に引き上げ、座って、良いものは器に入れ、悪いものは投げ捨てる。 49世の終わりにもそうなる。天使たちが来て、正しい人々の中にいる悪い者どもをより分け、 50燃え盛る炉の中に投げ込むのである。悪い者どもは、そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。」51「あなたがたは、これらのことがみな分かったか。」弟子たちは、「分かりました」と言った。 52そこで、イエスは言われた。「だから、天の国のことを学んだ学者は皆、自分の倉から新しいものと古いものを取り出す一家の主人に似ている。」




説教 「小さくても大切なもの」徳弘浩隆牧師

1,種蒔きの話のつぎは、からしの種の話

種まきの話、そして芽が出た後の話が続きましたが、今日は、種そのものの話です。そしてその種とは、一番小さな種ということで、イエス様の話の中に、「からしの種」が登場します。

今日のたとえ話は、テーマは明確で「天の国」についてです。天の国とは、どのようなところかという事が、いくつかのたとえを通して、わかりやすく語られます。一緒に聞いていきましょう。

2,聖書 

 「天の国」とはどんなところか、お話に沿って、分類して確認しましょう。

1)今日のイエス様のたとえでは、からし種をまず持ち出します。どんなに小さくても、成長するとどの野菜よりも大きくなり、木になると。そして枝に野の鳥が来て巣を作るほどの大きなものになるといいます。

 そこには、人間の努力や修行というようなものは出てこず、小さいけれど大きくなるという事が、からし種はパン種を用いて語られます。

2)そして、それを見つけたら、今までの自分のすべてを捨ててでも欲しくなる大切なものなのだと。

3)最後に、湖に網が投げおろされ、網がいっぱいになるが、良いものを悪いものがえり分けられるといわれます。

4)今日は弟子たちが、たとえの意味を説明してくださいとは聞きません。代わりに、イエス様の方から最後に、「あなたがたは、これらのことがみな分ったか?」と聞かれ、弟子たちは「分かりました」と返事をします。それに対して、イエス様は、念を押されています。

さて、どうでしょうか。この話で「天国」について、明確にわかったでしょうか?もう一つしっくりきません。なぜでしょうか。それは、「天の国」について誤解をして聞いているからです。私たちはこの話を聞くときに確認しなければなりません。誤解が多いからです。日本語の言葉尻から「死後の世界の『天国』」というイメージと直結して理解されることが多いのですが、イエス様はそのことよりも、「神様が支配されるところ」という意味で使われています。死後の世界の天国ではなく、あるいはそれだけでなく、今生きているこの世界で、神様のご支配があり、皆が平和に生きる生き方のことを説いているのです。

 3,振り返り 

では、この世界を見てみましょう。今私たちが生きている世界は、「天国のような素晴らしい天の国」でしょうか?どうも違うようです。いろいろな犯罪や不正があり、戦争もあります。環境問題も私たちの人生も思い通りに行かず、生きにくい難しい問題が山積しています。

では、神の国は、神様がご支配される理想的な世界は、どのようにしたら作ることができるのでしょうか。

それは、「天の国」という言葉自体が答えを持っています。もともとのギリシャ語の聖書では「神の国」の「国」は「支配」という言葉です。つまり、天の神様がご支配されるようになれば、そこに生まれるはずです。私たちの人生を、家庭を、社会を、世界を、神様の御手に戻し、ご支配していただけるなら、それは実現するのです。逆に言うと、そうなっていないのが、問題だという事です。

 どうしたら、神のご支配の人生や世界が始まるのでしょうか? それは、今日選ばれている旧約聖書の言葉が大きなヒントになるでしょう。こうでした。

 ダビデの子で次の王になったソロモンへの神様の言葉とそれへの彼の応えです。神様は「何事でも願うがよい。あなたに与えよう」と聞かれました。それに対してソロモンはこう答えたのです。「わたしの父ダビデは忠実に、憐れみ深く正しい心をもって御前を歩んだので、あなたは父に豊かな慈しみをお示しになりました。」「しかし、わたしは取るに足らない若者で、どのようにふるまうべきかを知りません。 /略/ あなたの民を正しく裁き、善と悪を判断することができるように、この僕に聞き分ける心をお与えください。」

 このソロモンの祈りを聞いて神様は喜ばれます。「あなたは自分のために長寿を求めず、富を求めず、また敵の命も求めることなく、訴えを正しく聞き分ける知恵を求めた。」と。これをもって、神はソロモンに正しい知恵を与え、神様がご支配される国が繁栄していきました。

神の支配は、ダビデは「愛と正しい心」で歩んだので神がその国を祝福し、ソロモンには善悪を聞き分ける知恵をもって彼と国を祝福・繁栄させたのです。

 これを聞いて私たちは思い出すでしょう。人類の罪の始まりを、その根源を。創世記にかかれていた物語では、神の言葉を捨てて禁じられていた善悪を知る木の実を食べ、つまりそれぞれが自分の基準で善悪を決め生きるようになったのです。神に聞くことをやめ、それぞれの自分の都合で、つまりエゴイズムの心で物事を決めて生きるようになったので、人々は疑い、競争し、ねたみ、争うようになり、愛と平和の社会は崩れていきました。

 それに対して、「愛と正しい心」で生きたダビデや、「善悪を聞き分ける知恵」を自分の野心や考えではなくて神に尋ね求めたソロモンは、祝福され、その人生や国は繫栄しました。そのありようが、「天の国」「神の国」として、神様が愛と正しさをもって守りご支配される人生と世界だったのです。そこに答えがありました。

 しかし、ダビデもソロモンもやはり「罪びと」です。不信仰の過ちも犯し、ダビデは神殿を作ることを許されず、ソロモンの繁栄は陰り、国は分裂し他国の支配を受けます。その苦難で、悔い改め、神に立ち返る信仰が再度その子孫たちに芽生えるまで。それが聖書の歴史でした。

4,勧め 

 私たちも、それぞれ、そのような人生を送っています。時に信仰的で正しさと愛に生き恵まれ、しかし、過ちを犯し苦難の中で悔い改めを迫られる。それが私たちの毎日であり、社会や世界の苦難の歴史です。

 しかし、希望があります。どんなに小さくても、大切なものを私たちは聖書から教えられているからです。それを知ったなら、今までのすべてを捨てて売り払ってでも手に入れるほど価値があるもの。それが神に立ち返る「信仰」であり、それを確かなものにするために洗礼を受けたからです。神の国は、行いや自分の努力ではなくて、小さな信仰から始まり、後は自動的に膨らみ大きくなります。それが神様の愛によるご支配の人生と社会、世界です。

でも、イエス様は警告もされます。網を上げたらたくさん魚が取れるが、良いものと悪いものをえり分けることになると。つまり、いつも、神様とともに生きていかなければ、それは続きません。

 天の国の事を学んだなら、自分の持ち物全てを倉庫から出してくるようなもの。日常生活のすべてが変えられ、神の力が生活を具体的に変えてくださる生き方に招かれているのです。自分の人生を振り返り、思い切って神様に祈り、お任せしてみませんか?神様は大きな祝福をもって、待っておられます。教会で一緒に学び、生きるそんな輪に、あなたも入りませんか?

 

牧師コラム「地球温暖化の時代は終わった!」

そう、国連事務総長が先週の演説で言いました。「なに、終わったのか?」と安心できるかと思いきや、そうではありません。温暖化ではなく、「地球沸騰の時代に入ったのです」と極端に悪化したと警告の声明を出しました。いろいろな理由があるかもしれませんが、人類が競争をし、環境を破壊してでも自国の富や成長を、そして他国より優位に立とうという環境破壊が大きな原因の一つと考えられています。神様は自然環境を大切にし、分け合い、平和に過ごすことを願われています。人間同士の関係だけでなく、自然にも愛と正義をもって生きることが、神の国の実現でしょう。神を愛し、人を愛し、自然も愛しましょう。できることから始めましょう。


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