2022年1月30日日曜日

週報・礼拝メッセージ 20220130

今日はルーテル岐阜教会で説教をします。FacbookやYoutubeでもどうぞ。大垣教会でも信徒礼拝があります。または、お近くのルーテル教会にも一度行ってみませんか?



 


聖書の言葉 

エレミヤ1: 4~10 (旧1172)

1:4主の言葉がわたしに臨んだ。5「わたしはあなたを母の胎内に造る前からあなたを知っていた。母の胎から生まれる前に わたしはあなたを聖別し 諸国民の預言者として立てた。」6わたしは言った。「ああ、わが主なる神よ わたしは語る言葉を知りません。わたしは若者にすぎませんから。」7しかし、主はわたしに言われた。「若者にすぎないと言ってはならない。わたしがあなたを、だれのところへ遣わそうとも、行ってわたしが命じることをすべて語れ。8彼らを恐れるな。わたしがあなたと共にいて必ず救い出す」と主は言われた。

ルカ4:21~30 (新108)

4:21そこでイエスは、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と話し始められた。 22皆はイエスをほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚いて言った。「この人はヨセフの子ではないか。」 23イエスは言われた。「きっと、あなたがたは、『医者よ、自分自身を治せ』ということわざを引いて、『カファルナウムでいろいろなことをしたと聞いたが、郷里のここでもしてくれ』と言うにちがいない。」 24そして、言われた。「はっきり言っておく。預言者は、自分の故郷では歓迎されないものだ。 25確かに言っておく。エリヤの時代に三年六か月の間、雨が降らず、その地方一帯に大飢饉が起こったとき、イスラエルには多くのやもめがいたが、 26エリヤはその中のだれのもとにも遣わされないで、シドン地方のサレプタのやもめのもとにだけ遣わされた。 27また、預言者エリシャの時代に、イスラエルには重い皮膚病を患っている人が多くいたが、シリア人ナアマンのほかはだれも清くされなかった。」 28これを聞いた会堂内の人々は皆憤慨し、29総立ちになって、イエスを町の外へ追い出し、町が建っている山の崖まで連れて行き、突き落とそうとした。 30しかし、イエスは人々の間を通り抜けて立ち去られた。


説教「恐れずに畏れる」 徳弘師

1. 「今日の会議はすぐ終わると」と思ったら…

「今日の会議はもめることはないだろうから、早く終わるだろう」と思っていたら、予想外に議論になって長引いた挙句、何も決まらず次回へ持ち越しになった、ということが先月ありました。「大丈夫です、だいたい話は通っていますから、集まって1時間くらいで終わるでしょう」と言われてはるばる出かけて行ったのにふたを開けると大違い。長い話し合いで、ふらふらになって、達成感もなく帰りの車を運転して帰りました。今回は「今度はあまり期待しないで、ゆっくり話し合おう」と思っていたら、予想通り紛糾したけれど、肩の力を抜いて正直に困惑と考えられるほかの可能性を口にしてみたら、説得口調でもなかったのに、最後は意外とそこに落ち着きました。参加者それぞれは悪気がある訳でもなく、目的が違うわけでもないのに、一生懸命に思えばこそ、意見が合わないこともあり、予想外に反対されたり批判されたりすることもあるものですね。会議ではなくても、「簡単な用事と思って出かけたら大変面倒なことになってしまって…」ということなら誰でもあるかもしれません。

正論を訴えても理解されないこともあるかもしれません。予想外にややこしくなって収拾がつかなくなることもあります。間違っていなくても、みんなから「叩かれ」て、嫌われることもあるものです。

2.聖書を学びましょう

今日のイエス様は、そんな目に合われたようです。私たちとは次元はずいぶん違うかもしれませんが、神とともに生きていても、神のことばを語っても、歓迎されるだけではなく、批判され、字通り崖から追い落とされそうになる出来事に私たちは驚きます。今日の聖書では、ここに現れる人々の心のありさまは、また神様の視点は、どういうことだったのでしょうか?聖書を読んでいきましょう。

今日の聖書個所は、先週の続きです。というか、先週の終わりの言葉のところがもう一度読まれ、今日はそこから始める続きの出来事です。ご自分が育った故郷の街の会堂に安息日にイエス様はいかれました。聖書が読み上げられ、イエス様が説教・つまりその説明を始めたところ、みんなはそれに感心し、驚いたのでした。しかし、みんなが驚いただけならよいのですが、思わぬ方向に向かいます。

「皆はイエスをほめ、その口から出る恵み深い言葉に驚い」たのですが、感激して聞き従ったのではありませんでした。彼らの口から出た言葉はこうでした。「この人はヨセフの子ではないか」と。

それに対して、イエス様は、「預言者は故郷では歓迎されないものだ」といわれ、「ここは故郷だからここでもいろいろ良いことをしてくれよ、とばかりに言うのだろう」という具合に人々を諫めます。

すると「これを聞いた会堂内の人々は皆憤慨し、総立ちになって、イエスを町の外へ追い出し、町が建っている山の崖まで連れて行き、突き落とそうとした」と恐ろしい展開になっていくのでした。崖ぶちに背を向けたイエス様の挿絵がありますが、危機一髪の展開になります

3.振り返り

さて、この挿絵を見て、私はどこにいるでしょうか?もちろん自分の絵はここには描かれてはいません。しかし、ちょうどこんな状況になる時があるかもしれません。崖を背にして神様の言葉を語るイエス様の側でしょうか?それとも、イエス様を指さし、こぶしを上げて非難する側でしょうか?

私には、両方の立場が、その時に応じて、あると思わされます。神の側で攻められるとき、群衆の側で神を責める時。私たちの祈りもそうでしょう。「どうしてこの人たちは分かってくれないんだろう」と優しい気持ちで崖を背にして人々を見る時と、「どうして神様は分かってくれないのか!」と神様に迫る時です。

私たちがこの状況を客観的に理解し、間違えないために、また、責められてつぶれそうになる時、どうしたらよいのでしょうか?

その答えは、今日の旧約聖書に日課を読むと、ヒントを得ることができます。エレミヤが預言者として、つまり、神の願いや計画を人々に告げる職務につかされる時に、彼は何とか断ろうとします。「生まれる前からあなたを選んでいたんだよ」といわれると、「いいえ、まだまだ若いですから無理です」と断ります。

しかし、そこで神様はこういわれました。「若者にすぎないと言ってはならない。わたしがあなたを、だれのところへ遣わそうとも、行ってわたしが命じることをすべて語れ。彼らを恐れるな。わたしがあなたと共にいて必ず救い出す」と。

その人がどういう生まれだとか、どんな能力や経験があるかとか、それは、神様の選びには関係がないようです。逆にそればかりを気にするので、自信がなくなったり、恐れたりするものです。

イエス様の説教を聞いた人たちは、その口から出る恵みふかい言葉に驚いたのです。しかし、その反応は、生まれや育ちを知っているゆえに、低く見たのでした。又は逆に、各地で奇跡を起こしたそうだから、昔なじみの自分たちにはもっといろいろ良いことをしてくれないだろうか、と、見当違いの期待をしたのでした。それは、両方とも、神様の視点ではなく、人間の視点でした。相手を過小評価するのも、過大評価するのも、人間的な付き合いや視点だったのです。

今日の旧約聖書は今日の私にも語り掛けます。「若いからと言ってはいけない」神様が遣わすのだから、神様が命じる言葉だから、神様が一緒にいてくれるから」その言葉や使命は、尊く、恵みふかいものなのです。だから、恐れなくてよいのです。

4. 勧め 

 神のことばにおそれ入った人々は、神をうやまい「畏れる」べきでしたが、人間の目で見てその人の弱さや逆のすばらしさを心配し「恐れた」のでした。私たちも、人に奉仕をしても理解されず傷つくときもあります。聖書の言葉を伝えても誤解されうまくいかず辛い時もあります。一人、崖っぷちに追い込まれたような気持になることもあるでしょう。

しかし、人間の目で恐れず、神を畏れうやまいこの方に従う時に、道が開けます。人にすぐに理解されるためにやっていることではありません。神様の願いだから、その人のためだから、嫌われても、ただ奉仕し、神の愛を伝える人になりたいですね。

牧師の働きも、また牧師に対する教会メンバーの在り方にも同じことが言えるでしょう。牧師が交代する時も、このことを大切にし、若い牧師でも神が立てた方を迎え、一緒に宣教していただきたいと思います。もちろん、立てながらも、誠意をもって進言したり話し合って一緒に道を開いていくものになりましょう。

あちら側でもこちら側でもなく、私たちはみな、神様の側です。そうして一緒に生きる共同体が、教会なのです。祝福を祈ります。


2022年1月28日金曜日

祈りのこよみ 202202

 しばらくすると、https://jelctokai.org/にも公開されるます。

祈りのこよみ 2022年2月の祈り

小鹿教会を覚えて

秋久 潤 牧師

年間主題

『まことの礼拝』を求めて

題聖句「まことの礼拝をする者たちが、霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。(ヨハネ4:23a)

2月6日

◆御言葉によって、地域と教会のつながりが強められますように。

◆子どもたちが、神さまの愛により大切にされますように。

◆ご高齢の方、病を抱えておられる方の健康が支えられ、主にある交わりが保たれますように。

栄光教会を覚えて

伊藤 節彦 牧師

 

年間主題・聖句

「主よ、わたしの唇を開いてください。この口はあなたの賛美を歌います。」

(詩編51:17)

2月13日

◆宣教70年を迎える焼津礼拝堂の働きがますます用いられますように。

◆礼拝堂を閉鎖した島田での家庭集会が祝されますように。

◆駿遠地区のセンターチャーチとしての働きを、藤枝礼拝堂が担っていけますように。

掛川菊川教会を覚えて

横田 弘行 牧師

年間主題「宣べ伝える人」

年間聖句「からだのすべての肢体が多くあっても、からだは一つであるように、キリストの場合も同様である。(Ⅰコリント12:12)

2月20日

◆牧会委嘱を担って下さる横田先生と役員会の働きのうえに祝福が豊かにありますように。

◆司式・説教を含めた信徒奉仕者の 働きが豊かに用いられますように。

◆福音の灯を高らかに掲げ、地の塩・世の光の務めを果たせるように。

新霊山教会を覚えて

  明比 輝代彦 牧師

年間主題「キリストの愛によって、主を讃えよう。」

主題聖句「すべての舌が、『イエス・キリストは主である』と公に宣べて、父である神をたたえるのです。」(フィリピ2:11)

2月27日

◆礼拝に行くことができない兄弟姉妹とそのご家族の上に神様の祝福が豊かにありますように。

◆福祉村や地域に暮らす方々とみ言葉を分かち合う事が出来ますように。

◆新たに教会に招かれた方々が洗礼へと導かれますように。


2022年1月23日日曜日

週報・礼拝メッセージ 20220123

 


聖書の言葉 

ルカ4:14~21 (新107)

4:14イエスは“霊”の力に満ちてガリラヤに帰られた。その評判が周りの地方一帯に広まった。 15イエスは諸会堂で教え、皆から尊敬を受けられた。

16イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。 17預言者イザヤの巻物が渡され、お開きになると、次のように書いてある個所が目に留まった。

18「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、19主の恵みの年を告げるためである。」

20イエスは巻物を巻き、係の者に返して席に座られた。会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれていた。 21そこでイエスは、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と話し始められた。


説教「今日実現する」 徳弘師

1. 「締切り」の苦しさ「満期」の嬉しさ…

私たちの人生には、何かと「締切り」があります。仕事柄、そんなことに追い回されているという方もおられるでしょう。私も広報室長になり機関紙「るうてる」を編集していたころそうでした。原稿を依頼して集め、自分もいくつか記事を書き、写真やイラストを編集し、それらを紙面に割り付け編集し、業者にデータを渡す日が毎月決まっていました。原稿が集まらなかったり、予定が急に変わって記事を差し替えたり、パソコン編集に切り替える前は業者の人が受け取りに来ていたので、応接室で待ってもらって汗をかいて仕上げたり、付き合いが長くなるとその人のご自宅による車で届けたりするときもありました。

反対に「満期」という嬉しいこともあります。もう少し辛抱したらその日が来るから、もう少し我慢しようと思います。昔は、年季奉公が終了するというのがあったようです。今なじみ深いのは定期預金が満期になるというのがあるかもしれません。私も、日本に帰国して日本での生活を再出発するときに、生活用品や車を買い替え準備して大変な時もそれなりにありました。月末にお金の心配をし、支払期日があるものに追われるという生活は誰にもあるでしょう。私も海外生活でわずかな貯金を使い果たし、帰国後の数年して一つの定期預金が「満期」になり、大した金額ではありませんでしたが、ほっと一息ついたことを思い出します。

今日の聖書を読んで、そんなことをしみじみと思い出しました。それは、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」とイエス様が言われたからです。「今日実現した」とは、何が実現したのでしょうか?今の私たちにどんな関係があるのでしょうか?聖書を学んでいきましょう。

2.聖書を学びましょう

イエス様は育った町のなじみの会堂に入りました。今の私たちからすれば、「こどものころから通っていた教会」というイメージでしょう。会堂とは、かつて国が滅びバビロン捕囚として異国にいたころから、エルサレム神殿ではなくそれぞれの街に建てられた礼拝所で安息日に礼拝をすることが彼らの信仰の大切な拠点になっていました。「シェマ・イスラエル(イスラエルよ聴け)」という申命記4節の祈りと信仰告白を皆で唱え、聖書が朗読され、会堂司が依頼した人によって聖書の解き明かしがされていたそうです。当時の聖書とは、今でいう旧約聖書の一部分で、そのモーセ5書、律法と預言書の中から一部分が読まれたのです。当時の習慣により、イエス様も何日か前に会堂の係から説教することを頼まれていたのだろうと理解されています。

さて、その日読まれたのは、今日の福音書で18.19節に引用され触れられているところでした。それは、イザヤ書の61章からでした。これは偶然ではなく、聖霊による導きだったのです。そこに書かれている預言が大切で、「それが、今日実現した」とイエス様は解説を始められたのです。

何が実現したかを知るためには、今日のイザヤ書を考えねばなりません。それは、「主の霊がとどまり、貧しい人に福音を告げ知らせるために私に油を注がれた。主が私を遣わせたのは、捕らわれ人の解放、目の見えない人の回復、圧迫されている人の自由」が訪れるためだと書かれています。そして、「主の年の恵みを告げ知らせるため」ともイザヤは預言しているのでした。

次に私たちは、安息日とヨベルの年について学ばなければなりません。神様は6日間働いて7日目は休むよう定められました。それが、「安息日」です。安息日を意味するヘブライ語の「シャバト」はそのまま今でもポルトガル語やスペイン語、インドネシア語でも「土曜日」の意味で使われています。多くの人は、語源を知らずに土曜日を「安息日」と今でも呼んでいます。

そして7年目の年を「安息の年」と呼んでいました。この年は畑を休ませる規定で、耕作は許されていませんでした。たくわえとともに、自然にできたものを土地の所有者ではない人とともに分け合って生きる一年でした。人も、自然も休ませるべきだ、自然を大切にして分け合って生きるべきだと、今の私たちが学ばねばならない事が決められれていたのです。特にコロナ禍の今、心にとめさせられます。

そして、その安息の年が7回巡ってきた翌年、つまり50年目を「ヨベルの年」と呼んでいました。「ヨベル」とは、安息日のはじまりと終わりの合図として、会堂の屋上からラビが吹き鳴らす「雄牛の角笛」のことでした。英語ではJubileeと言います。さてこの「ヨベルの年」は特別な意味が込められていました。その年には三つのことが行われると規定されていたからです。それは、1)畑の休耕、2)売られた土地の返還、3)奴隷の解放でした。畑は安息の年と同じように休ませ自然を大切にし、皆で分け合って生きること。買った土地も元の持ち主に返し、借金がある人は帳消しにされ、奴隷は解放されて家族のもとに帰ることができたのです。レビ記25章に規定されています。

厳密にそれが実施されていたかどうかは確証がないそうですが、聖書に規定されていたそれらの伝統を知り、生きていた彼らが待っていたのは、このような年が巡ってきて、すべてが解放される時だったでしょう。

それに加えて、油注がれた者、つまり本当の王様が立てられ、今の難しい世の中を解決してくれる、メシアを待つ気持ちがあり、ローマ帝国の支配に苦しんでいた当時の人々はそれが頂点に達していたのです。

それを知り味合う時に、今日のイエス様の言葉の意味がしみじみと理解されるのです。

3.振り返り

さて、今の私たちにとって、何が実現したらうれしいでしょうか?今読んできたのと同様、積み重ねてきた問題、膨れ上がった借金、ややこしくなってどうにも解決できない問題、それらを抱えて生きていませんか? それらすべてを解決してくる日が来るなら、その日が待ち遠しいと思います。

年季奉公が終わり、いよいよ務めを果たして自由の身になれる。あるいは、毎月末に少ない残金をやりくりして何とか月を越していたけれどようやく定期預金が満期になるので一息つける。そんな気持ちは想像しやすいでしょう。奴隷制度はピンとこないかもしれませんが、奴隷のような生活で苦しんできたけど、自分の身を買い戻してくれて、自由になれる年、それがヨベルの年です。教会の用語で、「贖われる」という言葉は実はこの「買い戻してくれる」という意味を持っています。洗礼を受けるのはそういうことです。

4. 勧め 

 単に「今日、実現したよ」「いいことがあるよ」ではなくて、これらの意味を重ね合わせながら、すべての問題を解決してくれる、待ち遠しかったその日が来た、ということでした。もうこれからは、借金取りを気にしなくてよい、苦労して人に使われることもない、離れていた家族のところに帰れる、のです。そして、それは神様との関係でもそうです。もう、安心していい。びくびく恐れなくていい。借金を帳消しにしてもらったように、今までの罪を赦してもらった。そんな特別の年、いや「特別の時」が来たのです。

 ポルトガル語やスペイン語ではこのヨベルの年を語源にして、定年退職することをJubilarと言います。あくせく仕事をしなくて良い、解放された。後は悠々自適の年金暮らしだ、という気持ちが込められています。今の日本でこれからの「年金暮らし」は、たくさんの不安があるかもしれませんが、それは自分も選挙して政治参加して改革をお願いすることにして、「あとは国が養ってくれる」という安心感を考えるなら、「あとは神様が養ってくれる」という安心感を考えると理解しやすいでしょう。

私たちの信仰生活は実は、そんな意味もあるでしょう。もう何も心配しなくていい。神様と一緒に、悠々自適の生活を、いたしましょう。それは、イエスキリストがいてくださるから、実現したのです。一緒に、この方のことばを聞きながら、安心して生きていきましょう。


2022年1月21日金曜日

週報用データ 202202

 

20222

202226日 顕現後第5主日 (緑)

********************

1朗読 イザヤ 6: 18, (913) (1069)

2朗読 1コリント15: 111 (320)

福 音 書 ルカ5: 111 (109)

********************

Of. 138(詩篇138:1-8

(しゅ)よ、わたしは(こころ)()くして(かん)(しゃ)し、

    (かみ)のみ(まえ)でほめ(うた)をうたいます。

(せい)なる(しん)殿(でん)()かってひれ()し、

    あなたの(いつく)しみとまこととのゆえに、み()(かん)(しゃ)をささげます。

そのみ()のすべてにまさって、

    あなたは(おお)せを(おお)いなるものとされました。

()(もと)めるわたしに(こた)え、

    あなたは(たましい)(ちから)(あた)え、()(はな)ってくださいました。

()(じょう)(おう)(みな)、あなたに(かん)(しゃ)をささげます。

    あなたの(くち)から()(おお)せを(かれ)らは()きました。

(しゅ)(みち)について(かれ)らは(うた)う。

    (しゅ)(おお)いなる(えい)(こう)を。

(しゅ)(たか)くいましても、(ひく)くされている(もの)()ておられます。

    (とお)くにいましても、(ごう)(まん)(もの)()っておられます。

わたしが()(なん)(なか)(ある)いているときにも、(てき)(いか)りに()っているときにも、

    わたしに(いのち)()させてください。み()(つか)わし、(みぎ)のみ()でお(すく)いください。

(しゅ)はわたしのために、すべてを()()げてくださいます。

    (しゅ)よ、あなたの(いつく)しみが、とこしえにありますように。み()(わざ)をどうか(はな)さないでください。

********************

Pr.

(せい)(せい)(かみ)(さま)()(えい)(こう)()()(まえ)(てん)使()(せい)()(おそ)(うやま)います。あなたが()(かい)(うご)()ことができるよう(わたし)(おお)(まぼろし)(しめ)()(めぐ)()()使()(しゃ)としてください。(すく)(ぬし)(しゅ)イエス・キリストによって(いの)ます。アーメン

********************

1朗読 イザヤ 6: 18, (913) (1069)

6: 1ウジヤ王が死んだ年のことである。 わたしは、高く天にある御座に主が座しておられるのを見た。衣の裾は神殿いっぱいに広がっていた。 2上の方にはセラフィムがいて、それぞれ六つの翼を持ち、二つをもって顔を覆い、二つをもって足を覆い、二つをもって飛び交っていた。 3彼らは互いに呼び交わし、唱えた。

「聖なる、聖なる、聖なる万軍の主。

主の栄光は、地をすべて覆う。」

4この呼び交わす声によって、神殿の入り口の敷居は揺れ動き、神殿は煙に満たされた。 5わたしは言った。

「災いだ。わたしは滅ぼされる。

わたしは汚れた唇の者。

汚れた唇の民の中に住む者。

しかも、わたしの目は

王なる万軍の主を仰ぎ見た。」

6するとセラフィムのひとりが、わたしのところに飛んで来た。その手には祭壇から火鋏で取った炭火があった。 7彼はわたしの口に火を触れさせて言った。

「見よ、これがあなたの唇に触れたので

あなたの咎は取り去られ、罪は赦された。」

8そのとき、わたしは主の御声を聞いた。

「誰を遣わすべきか。

誰が我々に代わって行くだろうか。」

わたしは言った。

「わたしがここにおります。

わたしを遣わしてください。」

 

9主は言われた。

「行け、この民に言うがよい

よく聞け、しかし理解するな

よく見よ、しかし悟るな、と。

10この民の心をかたくなにし

耳を鈍く、目を暗くせよ。

目で見ることなく、耳で聞くことなく

その心で理解することなく

悔い改めていやされることのないために。」

11わたしは言った。

「主よ、いつまででしょうか。」

主は答えられた。

「町々が崩れ去って、住む者もなく

家々には人影もなく

大地が荒廃して崩れ去るときまで。」

12主は人を遠くへ移される。

国の中央にすら見捨てられたところが多くなる。

13なお、そこに十分の一が残るが

それも焼き尽くされる。

切り倒されたテレビンの木、樫の木のように。

しかし、それでも切り株が残る。

その切り株とは聖なる種子である。)

********************

2朗読  1コリント15: 111 (320)

15: 1兄弟たち、わたしがあなたがたに告げ知らせた福音を、ここでもう一度知らせます。これは、あなたがたが受け入れ、生活のよりどころとしている福音にほかなりません。 2どんな言葉でわたしが福音を告げ知らせたか、しっかり覚えていれば、あなたがたはこの福音によって救われます。さもないと、あなたがたが信じたこと自体が、無駄になってしまうでしょう。 3最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。すなわち、キリストが、聖書に書いてあるとおりわたしたちの罪のために死んだこと、 4葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおり三日目に復活したこと、 5ケファに現れ、その後十二人に現れたことです。 6次いで、五百人以上もの兄弟たちに同時に現れました。そのうちの何人かは既に眠りについたにしろ、大部分は今なお生き残っています。 7次いで、ヤコブに現れ、その後すべての使徒に現れ、 8そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました。 9わたしは、神の教会を迫害したのですから、使徒たちの中でもいちばん小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です。 10神の恵みによって今日のわたしがあるのです。そして、わたしに与えられた神の恵みは無駄にならず、わたしは他のすべての使徒よりずっと多く働きました。しかし、働いたのは、実はわたしではなく、わたしと共にある神の恵みなのです。 11とにかく、わたしにしても彼らにしても、このように宣べ伝えているのですし、あなたがたはこのように信じたのでした。

********************

福音書  ルカ5: 111 (109)

5: 1イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た。 2イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。 3そこでイエスは、そのうちの一そうであるシモンの持ち舟に乗り、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。そして、腰を下ろして舟から群衆に教え始められた。 4話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。 5シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。 6そして、漁師たちがそのとおりにすると、おびただしい魚がかかり、網が破れそうになった。 7そこで、もう一そうの舟にいる仲間に合図して、来て手を貸してくれるように頼んだ。彼らは来て、二そうの舟を魚でいっぱいにしたので、舟は沈みそうになった。 8これを見たシモン・ペトロは、イエスの足もとにひれ伏して、「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」と言った。 9とれた魚にシモンも一緒にいた者も皆驚いたからである。 10シモンの仲間、ゼベダイの子のヤコブもヨハネも同様だった。すると、イエスはシモンに言われた。「恐れることはない。今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」 11そこで、彼らは舟を陸に引き上げ、すべてを捨ててイエスに従った。

********************

 

 

2022213日 顕現後第6主日 (緑)

********************

1朗読 エレミヤ17: 510 (1208)

2朗読 1コリント15:1220 (320)

福 音 書 ルカ6:1726 (112)

********************

Of. 1(詩篇1:1-6

いかに(さいわ)いなことか。(かみ)(さか)らう(もの)(はか)らいに(したが)って(あゆ)まず、(つみ)ある(もの)(みち)にとどまらず、

  (ごう)(まん)(もの)(とも)(すわ)(しゅ)(おし)喜び(よろこ)(しゅ)教え(おし)(ひる)(よる)(くち)(ひと)

その(ひと)(なが)れのほとりに()えられた()。ときが(めぐ)()れば()(むす)び、()もしおれることがない。

  その(ひと)のすることはすべて、(はん)(えい)をもたらす。

(かみ)(さか)らう(もの)はそうではない。(かれ)(かぜ)()()ばされるもみ(がら)

  (かみ)(さか)らう(もの)(さば)きに()えず、(つみ)ある(もの)(かみ)(したが)(ひと)(つど)いに()えない。

(かみ)(したが)(ひと)(みち)(しゅ)()っていてくださる。

  (かみ)(さか)らう(もの)(みち)(ほろ)びに(いた)る。

********************

Pr.

()(かみ)(さま)。あなたはキリストによってすべてを(あたら)されます。(わたし)(まず)(めぐ)(ゆた)(つく)()ことで、(わたし)(あたら)()(えい)(こう)(あらわ)ますように。(すく)(ぬし)(しゅ)イエス・キリストによって(いの)ます。アーメン

********************

1朗読 エレミヤ17: 510 (1208)

17: 5主はこう言われる。

呪われよ、人間に信頼し、肉なる者を頼みとし

その心が主を離れ去っている人は。

6彼は荒れ地の裸の木。

恵みの雨を見ることなく

人の住めない不毛の地

炎暑の荒れ野を住まいとする。

7祝福されよ、主に信頼する人は。

主がその人のよりどころとなられる。

8彼は水のほとりに植えられた木。

水路のほとりに根を張り

暑さが襲うのを見ることなく

その葉は青々としている。

干ばつの年にも憂いがなく

実を結ぶことをやめない。

9人の心は何にもまして、とらえ難く病んでいる。

誰がそれを知りえようか。

10心を探り、そのはらわたを究めるのは

主なるわたしである。

それぞれの道、業の結ぶ実に従って報いる。

********************

2朗読  1コリント15:1220 (320)

15: 12キリストは死者の中から復活した、と宣べ伝えられているのに、あなたがたの中のある者が、死者の復活などない、と言っているのはどういうわけですか。 13死者の復活がなければ、キリストも復活しなかったはずです。 14そして、キリストが復活しなかったのなら、わたしたちの宣教は無駄であるし、あなたがたの信仰も無駄です。 15更に、わたしたちは神の偽証人とさえ見なされます。なぜなら、もし、本当に死者が復活しないなら、復活しなかったはずのキリストを神が復活させたと言って、神に反して証しをしたことになるからです。 16死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです。 17そして、キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになります。 18そうだとすると、キリストを信じて眠りについた人々も滅んでしまったわけです。 19この世の生活でキリストに望みをかけているだけだとすれば、わたしたちはすべての人の中で最も惨めな者です。

20しかし、実際、キリストは死者の中から復活し、眠りについた人たちの初穂となられました。

********************

福音書  ルカ6:1726 (112)

6: 17イエスは彼らと一緒に山から下りて、平らな所にお立ちになった。大勢の弟子とおびただしい民衆が、ユダヤ全土とエルサレムから、また、ティルスやシドンの海岸地方から、 18イエスの教えを聞くため、また病気をいやしていただくために来ていた。汚れた霊に悩まされていた人々もいやしていただいた。 19群衆は皆、何とかしてイエスに触れようとした。イエスから力が出て、すべての人の病気をいやしていたからである。

20さて、イエスは目を上げ弟子たちを見て言われた。

「貧しい人々は、幸いである、

神の国はあなたがたのものである。

21今飢えている人々は、幸いである、

あなたがたは満たされる。

今泣いている人々は、幸いである、

あなたがたは笑うようになる。

22人々に憎まれるとき、また、人の子のために追い出され、ののしられ、汚名を着せられるとき、あなたがたは幸いである。 23その日には、喜び踊りなさい。天には大きな報いがある。この人々の先祖も、預言者たちに同じことをしたのである。

24しかし、富んでいるあなたがたは、不幸である、

あなたがたはもう慰めを受けている。

25今満腹している人々、あなたがたは、不幸である、

あなたがたは飢えるようになる。

今笑っている人々は、不幸である、

あなたがたは悲しみ泣くようになる。

26すべての人にほめられるとき、あなたがたは不幸である。この人々の先祖も、偽預言者たちに同じことをしたのである。」

********************

 

 

2022220日 顕現後第7主日 (緑)

********************

1朗読 創世記45: 311,15 (81)

2朗読 1コリント15:3538,4250 (321)

福 音 書 ルカ6:2738 (113)

********************

Of. 37(詩篇37:1-11,39-40

(あく)()(はか)(もの)のことでいら()つな。

  ()(せい)(おこな)(もの)をうらやむな。

(かれ)(くさ)(またた)()()

  (あお)(くさ)のようにすぐにしおれる。

(しゅ)(しん)(らい)(ぜん)(おこな)

  この()()()き、(しん)(こう)(かて)とせよ。

(しゅ)(みずか)をゆだねよ

  (しゅ)はあなたの(こころ)(ねが)いをかなえてくださる。

あなたの(みち)(しゅ)(しん)(らい)せよ、

  (しゅ)(はか)らい、あなたの(ただ)(ひかり)のように、あなたのための(さば)きを()(ひる)(ひかり)のように(かがや)かせてくださる。

(ちん)(もく)(しゅ)()(しゅ)()()

  (はん)(えい)(みち)()(もの)(わる)だくみをする(もの)のことでいら()つな。

(いか)()(いきどお)()

  ()(ぶん)(あく)()(はか)ろうと、いら()ってはならない。

(あく)()(はか)(もの)()(しゅ)(のぞ)みをおく(ひと)は、()()ぐ。

  しばらくすれば、(しゅ)(さか)(もの)()()

(かれ)のいた(ところ)調(しら)べてみよ、

  (かれ)()()っている。

(まず)(ひと)()()

  (ゆた)かな(へい)()(みずか)らをゆだねるであろう。

(しゅ)(したが)(ひと)(すく)(しゅ)()

  (わざわ)いがふりかかるとき、(とりで)となってくださる(かた)のもとから。

(しゅ)(かれ)(たす)(のが)させてくださる(しゅ)(さか)らう(もの)から(のが)れさせてくださる。

  (しゅ)()けどころとする(ひと)を、(しゅ)(すく)ってくださる。

********************

Pr.(年間予定から変更あり)

(しゅ)イエス((さま)/よ)(しゅ)イエス・キリスト)。(わたし)(へい)()(どう)()としてください。(にく)のあるところに(あい)(きず)ところに(ゆる)(ぜつ)(ぼう)のあるところに()(ぼう)()ものとなりますように。(せい)(しゅ)(よ)、()()によって(わたし)(なぐさ)()(かい)(あい)ことができますように。あなたは(ちち)(せい)(れい)とともにただ(ひと)りの(かみ)(えい)(えん)(しゅ)です。アーメン

********************

1朗読 創世記45: 311,15 (81)

45: 3ヨセフは、兄弟たちに言った。

「わたしはヨセフです。お父さんはまだ生きておられますか。」

兄弟たちはヨセフの前で驚きのあまり、答えることができなかった。

4ヨセフは兄弟たちに言った。

「どうか、もっと近寄ってください。」

兄弟たちがそばへ近づくと、ヨセフはまた言った。

「わたしはあなたたちがエジプトへ売った弟のヨセフです。 5しかし、今は、わたしをここへ売ったことを悔やんだり、責め合ったりする必要はありません。命を救うために、神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのです。 6この二年の間、世界中に飢饉が襲っていますが、まだこれから五年間は、耕すこともなく、収穫もないでしょう。 7神がわたしをあなたたちより先にお遣わしになったのは、この国にあなたたちの残りの者を与え、あなたたちを生き永らえさせて、大いなる救いに至らせるためです。 8わたしをここへ遣わしたのは、あなたたちではなく、神です。神がわたしをファラオの顧問、宮廷全体の主、エジプト全国を治める者としてくださったのです。

9急いで父上のもとへ帰って、伝えてください。『息子のヨセフがこう言っています。神が、わたしを全エジプトの主としてくださいました。ためらわずに、わたしのところへおいでください。 10そして、ゴシェンの地域に住んでください。そうすればあなたも、息子も孫も、羊や牛の群れも、そのほかすべてのものも、わたしの近くで暮らすことができます。 11そこでのお世話は、わたしがお引き受けいたします。まだ五年間は飢饉が続くのですから、父上も家族も、そのほかすべてのものも、困ることのないようになさらなければいけません。』

 

45:15ヨセフは兄弟たち皆に口づけし、彼らを抱いて泣いた。その後、兄弟たちはヨセフと語り合った。

********************

2朗読  1コリント15:3538,4250 (321)

15: 35しかし、死者はどんなふうに復活するのか、どんな体で来るのか、と聞く者がいるかもしれません。 36愚かな人だ。あなたが蒔くものは、死ななければ命を得ないではありませんか。 37あなたが蒔くものは、後でできる体ではなく、麦であれ他の穀物であれ、ただの種粒です。 38神は、御心のままに、それに体を与え、一つ一つの種にそれぞれ体をお与えになります。

 

15: 42死者の復活もこれと同じです。蒔かれるときは朽ちるものでも、朽ちないものに復活し、 43蒔かれるときは卑しいものでも、輝かしいものに復活し、蒔かれるときには弱いものでも、力強いものに復活するのです。 44つまり、自然の命の体が蒔かれて、霊の体が復活するのです。自然の命の体があるのですから、霊の体もあるわけです。 45「最初の人アダムは命のある生き物となった」と書いてありますが、最後のアダムは命を与える霊となったのです。 46最初に霊の体があったのではありません。自然の命の体があり、次いで霊の体があるのです。 47最初の人は土ででき、地に属する者であり、第二の人は天に属する者です。 48土からできた者たちはすべて、土からできたその人に等しく、天に属する者たちはすべて、天に属するその人に等しいのです。 49わたしたちは、土からできたその人の似姿となっているように、天に属するその人の似姿にもなるのです。

50兄弟たち、わたしはこう言いたいのです。肉と血は神の国を受け継ぐことはできず、朽ちるものが朽ちないものを受け継ぐことはできません。

********************

福音書  ルカ6:2738 (113)

6: 27「しかし、わたしの言葉を聞いているあなたがたに言っておく。敵を愛し、あなたがたを憎む者に親切にしなさい。 28悪口を言う者に祝福を祈り、あなたがたを侮辱する者のために祈りなさい。 29あなたの頬を打つ者には、もう一方の頬をも向けなさい。上着を奪い取る者には、下着をも拒んではならない。 30求める者には、だれにでも与えなさい。あなたの持ち物を奪う者から取り返そうとしてはならない。 31人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい。 32自分を愛してくれる人を愛したところで、あなたがたにどんな恵みがあろうか。罪人でも、愛してくれる人を愛している。 33また、自分によくしてくれる人に善いことをしたところで、どんな恵みがあろうか。罪人でも同じことをしている。 34返してもらうことを当てにして貸したところで、どんな恵みがあろうか。罪人さえ、同じものを返してもらおうとして、罪人に貸すのである。 35しかし、あなたがたは敵を愛しなさい。人に善いことをし、何も当てにしないで貸しなさい。そうすれば、たくさんの報いがあり、いと高き方の子となる。いと高き方は、恩を知らない者にも悪人にも、情け深いからである。 36あなたがたの父が憐れみ深いように、あなたがたも憐れみ深い者となりなさい。」

37「人を裁くな。そうすれば、あなたがたも裁かれることがない。人を罪人だと決めるな。そうすれば、あなたがたも罪人だと決められることがない。赦しなさい。そうすれば、あなたがたも赦される。 38与えなさい。そうすれば、あなたがたにも与えられる。押し入れ、揺すり入れ、あふれるほどに量りをよくして、ふところに入れてもらえる。あなたがたは自分の量る秤で量り返されるからである。」

********************

 

 

2022227日 主の変容 (/)

********************

 

1朗読 出エジプト34:2935 (152)

2朗読 2コリント3:124:2 (328)

福 音 書 ルカ9:2836,(37-43a) (123)

********************

Of. 99(詩篇99:1-9

(しゅ)こそ(おう)

    (しょ)(こく)(たみ)よ、おののけ。

(しゅ)はケルビムの(うえ)にみ()()かれる。

    ()よ、(ふる)えよ。

(しゅ)はシオンにいまし、(おお)いなる(かた)

    すべての(たみ)(うえ)(たか)くいます(かた)

()()(だい)なること、(おそ)るべきことを(こく)(はく)せよ。

    (しゅ)(せい)なる(かた)

(しゅ)(ちから)(づよ)(おう)(さば)きを(あい)し、(こう)(へい)(かた)(さだ)め、

    ヤコブに(たい)する(さば)きと(めぐ)みのみ(わざ)()()げられる。

わたしたちの(かみ)(しゅ)をあがめよ。その(あし)(だい)()かってひれ()せ。

    (しゅ)(せい)なる(かた)

(しゅ)(さい)()からはモーセとアロンが、み()()(もの)からはサムエルが、(しゅ)()ぶと、(しゅ)(かれ)らに(こた)えられた。

  (かみ)(くも)(はしら)から(かた)りかけ、(かれ)らに(おきて)(さだ)めとを(たまわ)り、(かれ)らはそれを(まも)った。

わたしたちの(かみ)(しゅ)よ、あなたは(かれ)(こた)られた。

  あなたは(かれ)らを(ゆる)(かみ)(かれ)らの(とが)には(むく)いる(かみ)であった。

わたしたちの(かみ)(しゅ)をあがめよ。その(せい)なる(やま)()かってひれ()せ。

  わたしたちの(かみ)(しゅ)(せい)なる(かた)

********************

Pr.

(せい)(えい)(えん)(かみ)(さま)(わたし)()()イエス・キリストの(なか)にしか、あなたの(えい)(こう)()ことはできません。(わたし)()()()(もの)(つく)()、その(しん)(せい)(つつ)ください。あなたと(せい)(れい)(ひと)(かみ)(えい)(えん)()(はい)(しゃ)()()(しゅ)イエス・キリストによって(いの)ます。アーメン

********************

1朗読 出エジプト34:2935 (152)

34: 29モーセがシナイ山を下ったとき、その手には二枚の掟の板があった。モーセは、山から下ったとき、自分が神と語っている間に、自分の顔の肌が光を放っているのを知らなかった。 30アロンとイスラエルの人々がすべてモーセを見ると、なんと、彼の顔の肌は光を放っていた。彼らは恐れて近づけなかったが、 31モーセが呼びかけると、アロンと共同体の代表者は全員彼のもとに戻って来たので、モーセは彼らに語った。 32その後、イスラエルの人々が皆、近づいて来たので、彼はシナイ山で主が彼に語られたことをことごとく彼らに命じた。 33モーセはそれを語り終わったとき、自分の顔に覆いを掛けた。

34モーセは、主の御前に行って主と語るときはいつでも、出て来るまで覆いをはずしていた。彼は出て来ると、命じられたことをイスラエルの人々に語った。 35イスラエルの人々がモーセの顔を見ると、モーセの顔の肌は光を放っていた。モーセは、再び御前に行って主と語るまで顔に覆いを掛けた。

********************

2朗読  2コリント3:124:2 (328)

3: 12このような希望を抱いているので、わたしたちは確信に満ちあふれてふるまっており、 13モーセが、消え去るべきものの最後をイスラエルの子らに見られまいとして、自分の顔に覆いを掛けたようなことはしません。 14しかし、彼らの考えは鈍くなってしまいました。今日に至るまで、古い契約が読まれる際に、この覆いは除かれずに掛かったままなのです。それはキリストにおいて取り除かれるものだからです。 15このため、今日に至るまでモーセの書が読まれるときは、いつでも彼らの心には覆いが掛かっています。 16しかし、主の方に向き直れば、覆いは取り去られます。 17ここでいう主とは、“霊”のことですが、主の霊のおられるところに自由があります。 18わたしたちは皆、顔の覆いを除かれて、鏡のように主の栄光を映し出しながら、栄光から栄光へと、主と同じ姿に造りかえられていきます。これは主の霊の働きによることです。

4: 1こういうわけで、わたしたちは、憐れみを受けた者としてこの務めをゆだねられているのですから、落胆しません。 2かえって、卑劣な隠れた行いを捨て、悪賢く歩まず、神の言葉を曲げず、真理を明らかにすることにより、神の御前で自分自身をすべての人の良心にゆだねます。

********************

福音書  ルカ9:2836,(37-43a) (123)

9: 28この話をしてから八日ほどたったとき、イエスは、ペトロ、ヨハネ、およびヤコブを連れて、祈るために山に登られた。 29祈っておられるうちに、イエスの顔の様子が変わり、服は真っ白に輝いた。 30見ると、二人の人がイエスと語り合っていた。モーセとエリヤである。 31二人は栄光に包まれて現れ、イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期について話していた。 32ペトロと仲間は、ひどく眠かったが、じっとこらえていると、栄光に輝くイエスと、そばに立っている二人の人が見えた。 33その二人がイエスから離れようとしたとき、ペトロがイエスに言った。「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」ペトロは、自分でも何を言っているのか、分からなかったのである。 34ペトロがこう言っていると、雲が現れて彼らを覆った。彼らが雲の中に包まれていくので、弟子たちは恐れた。 35すると、「これはわたしの子、選ばれた者。これに聞け」と言う声が雲の中から聞こえた。 36その声がしたとき、そこにはイエスだけがおられた。弟子たちは沈黙を守り、見たことを当時だれにも話さなかった。

 

37翌日、一同が山を下りると、大勢の群衆がイエスを出迎えた。 38そのとき、一人の男が群衆の中から大声で言った。「先生、どうかわたしの子を見てやってください。一人息子です。 39悪霊が取りつくと、この子は突然叫びだします。悪霊はこの子にけいれんを起こさせて泡を吹かせ、さんざん苦しめて、なかなか離れません。 40この霊を追い出してくださるようにお弟子たちに頼みましたが、できませんでした。」 41イエスはお答えになった。「なんと信仰のない、よこしまな時代なのか。いつまでわたしは、あなたがたと共にいて、あなたがたに我慢しなければならないのか。あなたの子供をここに連れて来なさい。」 42その子が来る途中でも、悪霊は投げ倒し、引きつけさせた。イエスは汚れた霊を叱り、子供をいやして父親にお返しになった。 43人々は皆、神の偉大さに心を打たれた。)

********************