2023年6月3日土曜日

説教メッセージ 20230504 三位一体主日

聖書の言葉 

マタイ 28:16~20 (新60)

16さて、十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。 17そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。 18イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。 19だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、 20あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」。

説教 「だから、あなた方は行って…」 徳弘浩隆牧師

1,三位一体…

三位一体という言葉は、ニュースや新聞でも時々聞く言葉です。

試しに、「中学生新聞 三位一体」というキーワードでインターネットで検索すると、「ニュースの言葉―日本と世界のいまがわかる (岩波ジュニア新書) 新書」という本が出てきます。そして、なんと、歌でも「三位一体」という題の曲やアルバムタイトルがいくつも出てきてびっくりしました。

ニュースではこうです。一つは、5月26日付のニュース記事で、「政府は5月16日、第18回新しい資本主義実現会議(議長・岸田文雄首相)を開催し、三位一体労働市場改革の指針(案)について議論した。」という書き出しで出てきます。

どれもこれも、キリスト教が言うところの、オリジナルの「三位一体」の意味やニュアンスを伝えるものはありません。唯一救い(?)だったのは、5月16日付のこんなニュースでした。「ロシア正教会モスクワ総主教庁は15日、15世紀に描かれたイコンの傑作『聖三位一体』が、所蔵しているモスクワの国立トレチャコフ美術館から同正教会に返還されることが決まったと発表した」。こんな説明で終わっています。「タス通信によると、ロシア革命後の1929年に大修道院から同美術館に移された。」つまり、1917年の革命から後に社会主義国家が作られ、ソ連で宗教が否定されていくなかで宗教的なものではなくて美術品として扱っていたのが、今回人々の声によって教会に返還されるということです。

ちなみにこの絵画は、旧約聖書のアブラハムを訪ねた3人の旅人、つまり天使を描いています。この出来事は、「旧約における至聖三者(しせいさんじゃ)の顕現(けんげん)の一つ」、つまり新約聖書の三位一体を象徴する一つの出来事でいにしえからの神様の人類へのかかわりの出来事と後に理解されてきました。

さて、このように日本でも多くの人が知っているけれどもその「いわれ」や本当の意味を知らない「三位一体」という言葉ですが、今日どのように理解し、神様の声を聴いていけばよいのでしょうか。

2,聖書

 今日の聖書はこうです。

1) 旧約聖書では、最初の最初、天地創造の物語が選ばれています。少し長いので中間部分を割愛して読んでいただきました。天地創造の「父なる神」を一緒に思い出したことになります。

2) 続く使徒書は、第2コリントの手紙で、パウロが最後にこう結ぶ言葉がある箇所が読まれました。「主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりが、あなたがた一同と共にあるように。」つまり、父と子と聖霊という、三位一体の神がみんなとともにあるように、という祈りの言葉です。

3) ここまでは、三位一体の説明や根拠、前触れのようなことでしたが、福音書では神様は何を語っておられるでしょうか。

マタイによる福音書の最後の部分です。「弟子たちを派遣する」という小見出しですが、「大伝道命令」とも呼ばれる場所です。「行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。」とあるからです。

 さて、難しい三位一体の教義ですが、神様はこんな方です。こんな風に理解してよいでしょう。

1) 天地を造り人を造り、背く人類を救うためにかかわってこられた父なる神

2) そして地上に人として来られた子なる神。この方イエス・キリストの降誕とご生涯、十字架と復活ののち、約束を残して昇天されました

3) 約束の通り、豊かに降り注いだ聖霊なる神。この聖霊の降臨された出来事までを先週読みました。

父・子・聖霊という三つの形で私たちにかかわられる神様の三位一体が理解されますし、それがそろったともいえるのが先週の聖霊降臨祭でした。

では、この方は私に何を望んでおられるのでしょうか?それが、イエス様の最後の「命令」の言葉で、今日読まれたのでした。それは、「救われて、良かったね」というだけではなくて、その次には、「すべての人を救い弟子にし、キリストの命じておいたすべてのことを守るように教えること」なのです。

3,振り返り 

 私たちはどうでしょうか。「自分が救われた。本当に感謝です。」それは、一番大切です。しかし、そのあとの、「だから、あなた方は行って…」という言葉を読み飛ばしてはいけません。

伝道をし、洗礼を授け、キリストが新しい掟として残された、「神を愛し、人を愛すること。私があなた方を愛したように、あなた方も愛し合いなさい」と言われた言葉を心にとどめて生きていかねばなりません。そうすれば、いさかいや争いはない、自分の人生も迷いゆくばかりではい、となるはずなのです。

 この言葉を聞いて、「私たちは救われた、選ばれたクリスチャンで、人々を説得して、分からなければ力で従えてでもクリスチャンにして、それでもわからない人は裁かれる人だから…」と考えることはないでしょうか? それも、諍いや戦争、キリスト教帝国主義が世界を征服していった功罪の罪科のほうもあることを悔い改めねばなりません。

 今日の旧約聖書は、「神の形に人を造られた、男と女に」とあります。そしてすべての人は神によって作られたのです。男女の差別も、民族の差別も本当はないはずです。そして、イエス様は自分の民族だけにではなくて、「すべての民を」と言われています。特別の民族だけではなくて、世界の人すべてを愛し、そのために十字架に死なれた方は、すべての人が同じように救われるのを待ち、私たちに託されたのです。

4,勧め 

 ニュース記事での「三位一体の改革」は、政府補助を減らし、財源を地方に移譲し、地方が主体になるという3つが一緒に行われなければ改革はできないと、行財政改革を目指した言葉で使われ始めました。

 私たちの信仰的な生き方、神様と一緒に生きる生き方は、どうでしょうか?父なる神に造られたけれど罪びとの私、子なる神が十字架で死んでくださったことによって赦され救われた私、聖霊なる神の豊かな風を心で受けて、悔い改めと愛のある生き方で、新しい人として生まれ変わることが、いわば、「神様による私の三位一体の改革」かもしれません。

 世の中で独り歩きしているこの言葉を、私の、言葉と思いと行いに、取り戻しましょう。その時に、本当に自分の人生が祝福され、うごかされ、愛と平和、つまり安心の生き方が始まります。

そんなことをもっと多くの人にも知ってもらいたい、味わってもらいたいと、この教会という家族に加わってもらいたいと、祈りながら生きています。あなたも一緒に、祈り歩いてくださいませんか? 


牧師コラム 

本の紹介… 

これは、先日の全国総会で教会に一冊ずつ配られた本です。堅苦しい題名で、とっつきにくいけれど、帰りの新幹線の時間を有効利用しようと読み始めました。すると、最初から共感することが多く、読んでいますし、おすすめしています。「西洋経由」のキリスト教の教義を、アジアの人々の視点で読んで考え直してみようという、真摯な試みであると思います。著者は私も会議や出張でお会いしたこともある、アジア諸国の牧師神学者たちです。

実は、キリスト教はもともと「アジア由来の宗教」です。ユダヤ教から、あるいはそれを神様が準備として用いられた末に生まれた約束されていたキリストに従うキリスト教。それがユダヤ民族を超えて地中海一帯に広まり、その西側のローマで成長し骨組みも神学的理解も後付けされながら確立されたのです。それが16世紀の大航海時代に世界へ広がり、半ばその観点や思想が「押し付け」られました。立ち止まって、アジアの視点で読み直してみて、多様な文化や他宗教への敬意や共存、それが宣教にもつながると、そう思います。「良い人たちだけれど、他宗教を軽蔑したり排除して競うような姿勢が強い」とみられる少数派であるクリスチャンの生き方に、私は疑問を持っていました、この本を読んで、もう一度、肩の荷を下ろします。でも、「どの宗教でもいいよ」という相対主義ではありません。こういう視点を持ったうえでの、「聖書のみ、キリストのみ」の生き方で生きていきたいと思われています。教会で借りるか、注文して手に取って、読んでみませんか?


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