2023年5月27日土曜日

説教メッセージ 20230528

聖書の言葉 

使徒言行録 2: 1~21(新214)

1五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、 2突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。 3そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。 4すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。

ヨハネ 7:37~39(新179)

37祭りが最も盛大に祝われる終わりの日に、イエスは立ち上がって大声で言われた。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。 38わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」 39イエスは、御自分を信じる人々が受けようとしている“霊”について言われたのである。イエスはまだ栄光を受けておられなかったので、“霊”がまだ降っていなかったからである。



説教 「神の霊、風が吹くとき」徳弘浩隆牧師

1,天に上り、天から降る…

先週はイエスキリストが天に上って行かれた話が聖書から読まれました。そして今日は、約束の通り、別のものが天から降ってきました。それは、聖霊でした。ギリシャ語でペンテコステというユダヤ人のお祭りの日の出来事だったので、この聖霊降臨祭をペンテコステとも言います。

この「ペンテコステ」という言葉は50日目という意味で、もともとユダヤ教のシャブオットというお祭りで、出エジプトの時紅海を渡ってファラオを退けてから50日目にシナイ山に神様が現れたことを記念していましたが、大麦の収穫のお祭りとも重なり、ユダヤ教では、過ぎ越し際、仮庵祭とともに3巡礼祭の一つとされています。

この出エジプトと、モーセを通して神様の掟が与えられ、奴隷のみから解放されて約束の地へと帰っていった出来事と同じ時期に、イエス様の十字架と復活、そして聖霊降臨という出来事がおこりました。これは、旧約聖書を通して人々を導き育て、準備させ、約束されていたメシア(キリスト)による救いが、イエス様のご生涯のこれらの出来事で、上書きされるように起こり、罪と悪の奴隷となっていたすべての人が新しく生まれ変わる道のりを開かれたことになります。

この五十節の日に、何が起こったのでしょうか。そしてそれは、今の私たちにどういう関係と意味があるのでしょうか。

2,聖書

 今日の聖書はこうです。福音書ではヨハネの福音書から、イエス様が聖霊が与えられる約束を、それを水に例えながら話をされています。「渇いている人はだれでも、わたしのところに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書に書いてあるとおり、その人の内から生きた水が川となって流れ出るようになる。」と。

 そして、それが実現した出来事が、ルカによる福音書の続編とされる使徒言行録に記されています。

 「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、 突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。」とです。

 聖霊、それは神様の霊の働きと説明もされますが、この日に初めてそれがあったわけではありません。厳密にいえば言葉遣いや伝承でいろいろな説明が加えられるかもしれませんが、わかりやすく考えるとこんなことが出てきます。天地創造の時に「神の霊が水の面を動いていた」と記されています。そして、マリアは聖霊によって宿った子を産み、それがイエスさまだという天使の説明がヨセフにありました。イエス様が洗礼者ヨハネに洗礼を受けたときにも天から鳩のようなものが降ってきたという記述もあります。

 このように、神様は霊としてこの世に降り、人類の救いにかかわってこられました。しかし、その一人子イエス様を送り、この方のご生涯と十字架による死と復活を通して神様の新しい救いの道が開かれた後に、信じるすべての人にこの神の霊が豊かに降り注がれ、働かれるようになったのが、今日の聖霊降臨の出来事と考えてよいでしょう。

3,振り返り 

 では、その聖霊の働きがあるとき、私たちの人生はどうなるのでしょうか。

 私は今日の週報や教会だよりを作るときに、鳩の写真を探しながら思い出した出来事がありました。

 それは、ボリビアに行った時のことです。チチカカ湖のある町から首都のラパスに行きました。その時、途中で湖を小さなフェリーで渡った時に、沢山の鳥がついてきて、みんなでびっくり、喜びました。それが、今日の教会だよりに乗せた写真です。実は鳩ではなくて、カモメの群れだったと思います。手を出せば寄ってくるし、船を追ってずっと何度も何度もおりてきて、ついてきてくれました。その時の写真をインターネットに載せたら、友人の牧師たちが「聖霊降臨やイエス様の洗礼の時に鳩がおりてきたという季節に教会の印刷物に使ったよ」と言ってくれ、喜んでくれていました。

 でもその時の出来事には、とても大切な思い出もあります。それはこうです。ペルーから飛行機を乗り換えて、ボリビアのラパスに行き、それからバスでチチカカ湖のある街に行きました。しかし、ラパスにカバンが届かず、荷物がなくなってしまったのです。調べてもらうと乗り換えの空港から別の飛行機に乗せられて今別のところにあるとのこと。「遅れて旅先のホテルに届けます」とのことでしたが、チチカカ湖のホテルには結局間に合いそうにないので、次の旅先のラパスのホテルに送ってもらうことにしました。富士山より標高が高い高地にある湖がチチカカ湖です。息が切れるから薬を買って飲みましたが、そこに滞在する数日は手荷物のリュックだけで不便に過ごしました。時々旅行にはあることなので仕方がないかとも思いながら、どうしてこんなことが起こるんでしょうか?と、神様に文句を言いながら祈ったりもしていました。しかし、その町からラパスに帰る長距離バスでその不満は、感謝に変わりました。それは、原住民の人たちの政府に対する抗議運動が理由で、バスが通れない区間があって、途中バスを降りて1時間以上歩くという予想外の出来事が待っていたのです。その道中、重い荷物をゴロゴロと押したり、背負ったりして歩くいろいろな国の外国人を見ながら、私たち二人はリュックひとつずつ。それも富士山くらいの標高の道路をぞろぞろと歩くのでした。私たちは、その時、「ああ、神様はこの時のために、荷物を送らないで、次の旅先で受け取れるようにしてくれていたんだろうか」と、勝手に解釈して喜んだのでした。途中、車が壊れて困っている人を助けてあげたりもする気持ちの余裕もありました。その道中の最後に、小さな湖を渡るときに、船の後を何度も何度もおりてきながらついてくる鳥の一群に出会ったのです。鳩ではないけれど、神様の聖霊の働きも、私たちを上から見て、何度も何度もおりてきながら、しつこいくらいについてきてくれるんだなと、しみじみと思いました。




4,勧め 

 モーセとともに奴隷状態から脱出して、荒野を放浪しながら神に会い、神様の掟をもらい、約束の自由の地への道を歩くユダヤ人たち。そして、それを思い起こすかのように、過ぎ越し祭の週に十字架にかけられ、三日目に復活し、40日間弟子たちに現れ、天に上り、過ぎ越し祭から50日目に聖霊が下ってきました。そんなイエス様の出来事を通して、洗礼を受けることによって、罪深い自分が死に、新しく生まれ変わる道を、備えてくださいました。

 例えば荷物が届かないで不満を神様にぶつけたように、うまくいかないこと、いやなことが起こることもあります。しかし、神様には、その人生の道のりを歩きやすくするために、先回りして起こしてくれたこともあるかもしれません。しつこいくらいに降ってきて、ついてきてくれる聖霊の働きを感じながら、神様と一緒に生きていきましょう。 


牧師コラム 鳥の一群と出会ったボリビアとは… 

ボリビアは、スペインの植民地から南米諸国を独立・解放してくれたシモン・ボリバルという人の名前からなづけられた国。海がない国なのに海軍があるのは標高3810mのチチカカ湖があり、他国と接しているから。首都のラパスは、「平和」という意味。国の面積は日本の3.3倍。日本人移民もその子孫も住んでいる市があります。そこに住んでいた教会員に聞くと、日本人集落には「回覧板」もあったそうです。豊かな天然資源のある国だが、ラテンアメリカ貧国の一つ。


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