2020年5月30日土曜日

週報・説教 20200531 ペンテコステ






家庭礼拝のために
聖書 使徒言行録 2: 1~12(新214)
五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、 突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。 そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。 すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。
さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、 この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった。

聖書 福音書  ヨハネ 20:19~23(新210)
その日、すなわち週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人を恐れて、自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。そこへ、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。 20そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。 21イエスは重ねて言われた。「あなたがたに平和があるように。父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」 22そう言ってから、彼らに息を吹きかけて言われた。「聖霊を受けなさい。 23だれの罪でも、あなたがたが赦せば、その罪は赦される。だれの罪でも、あなたがたが赦さなければ、赦されないまま残る。」

賛美歌 歌詞
教団・499
1 御霊よ、降りて むかしの如く、くすしき御業を 現したまえ。
世々にいます みたまの神よ、今しもこの身に みちさせ給え。
2 御霊よ、降りて めぐみの雨に かわける心を 潤したまえ。
世々にいます みたまの神よ、今しもこの身に みちさせ給え。
3 御霊よ、降りて けがれを潔め、とうとき救いに いらしめ給え。
世々にいます みたまの神よ、今しもこの身に みちさせ給え。
4 御霊よ、降りて かよわき我を きよけき力に とましめ給え。
世々にいます みたまの神よ、今しもこの身に みちさせ給え。アーメン

教団・177
1 神のいきよ、 われをいやし、疲れしこころを つよめたまえ。
2 かみのいきよ、 われをきよめ、みかたちの如く ならせたまえ。
3 かみのいきよ、 われに満ちて、みこころを常に なさせたまえ。
4 かみのいきよ、われを活かし、み側をはなれず おらせたまえ。アーメン

教会賛美歌 116
1.聖なるみ霊よ われらの心に やどりたまいて、
喜びあふるる あめなる光を みたさせたまえ。
み霊よ われらの祈りにこたえて 力をたまえや。 
2.くすしき知識の もとなる泉の 湧きてあふれよ、
われらの心を 慰めうるおし いこわせたまえ。
この世に 仕うる日ごとのあゆみに さかえをたまえや。 
3.み国をめざして たどりゆくものに つねに変わらず
進むべき道を さやかに示して 導きたまえ。
悩める ときにも喜びわかちて 進ませたまえや。 
4.いのちのみ霊よ われらの心に ほのおを燃やし
み神の愛より はなるることなく 進ませたまえ。
み霊よ われらにまことのいのちを ゆたかにたまえや。アーメン

聖歌 570 あめをふりそそぎ
1 雨を降り注ぎ 恵み給うと 神は愛をもて 誓い給えり
※ゆうだちのごと あまつ恵みを イエスよ今ここに 注ぎ給えや
2 雨を降り注ぎ 強き音もて 眠る民の目を 覚まし給えや ※繰返し
3 雨を降り注ぎ 神の言葉の 変わりなきことを 示し給えや ※
4 雨を降り注ぎ ひとりびとりに くしきながわざを 見させ給えや ※


説教 「神の息吹を受けて」徳弘浩隆師
1. 導入
先週は月曜から木曜まで、大垣と岐阜の教会のそれぞれお一人ずつの葬儀がありました。とても悲しい急なお別れで、連続していたのでとても忙しく過ごすことになりました。実は、「緊急事態宣言の中ではこのように工夫しましょう」と、少人数での感染予防の葬儀の式文なども東京の事務局から送られてきていました。しかし、公開の礼拝がようやく再開されましたので、それほどの心配もなく、葬儀ができました。緊急事態宣言が解除されるのを待っておられたかのようにも感じました。しかし、葬儀をし、お話をお聞きしながら、「そうではない」と思いました。それぞれ、心が温まるような思い出話もたくさんお聞きし、お二人の人生を一緒に振り返り、恵まれる時間でもあったからです。昇天主日でイエス様が天に昇って行かれた日を日曜日に祝いましたが、その直後、イエス様を追いかけるように、お二人の方が、天に召されていったのです。「神様から、地上での人生の使命の完了したので、天に昇ってくるように言われたのだ」と、思わされました。イエス様がそうだったように、です。
 そして今日は「聖霊降臨祭」。イエス様は地上での使命を終えられて、天に昇って行かれましたが、約束の通り「聖霊」がくだってきました。そして、彼らの新しい人生、キリスト教会の歩みも始まりました。
神様は、私たちに、今日、何を語っておられるのでしょうか? 私たちは、今日、何が起こって、何が始まるのでしょうか?一緒に聖書から神様のメッセージを聞いていきましょう。
2. 聖書
弟子たちは、イエス様の逮捕と十字架刑、そして復活されてもなお、「喜び半分・疑いや心配半分」の日々が続いていました。それぞれ、扉に鍵を閉めて部屋に隠れじっとしていました。しかし、五旬祭の日、一同が集まっていると、「その出来事」が起こったと聖書は告げています。「突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。 そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。 すると、一同は聖霊に満たされ」たのです。そして、彼らは力をいただきました。そこから新しい教会が生まれ、新しい人生が始まっていったのです。
 私たちも、新型コロナのせいで恐れ、部屋に閉じこもっていた日々がありました。ようやく一同が集まってお祈りできるようになりました。私たちも、もう一度、イエス様の弟子たちの出来事の時と同じように、神様から聖霊をいただきましょう。新しい力に満たされましょう。そして、今までと違う、新しい教会の在り方を始めていきましょう。
「霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話し出した」と聖書は続けています。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。 どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。」と、そこにいた各国の人々は、自分の言葉で神の言葉、説教を聞くことができて、驚いたのです。
先週大垣教会の役員会が開かれましたが、こんなことも話し合われました。「教会メンバーが教会に集まれないから、インターネットでも礼拝を配信していたのに、こんなにたくさんの一般の方も見てくれていたのなら、これからもインターネット配信を続けましょうよ。教会は、ここにある場所だけじゃなくて、インターネット上でも神様の言葉を伝え広めることができるんですね」と。鈴木さんが買って出てくださりYoutubeでも礼拝を中継してくださっていますが、その視聴者数が私たちが思ったより多くいらしたから驚いたのです。なかには冷やかしの一時的な方もおられるかもしれませんが、それでも、神様の言葉が伝わるのはうれしいこと。問題がたくさん見えてきた現代、聖書の言葉に耳を貸そうという方も多いのだと思います。日本各地、そして世界のいろいろなところの方も、見てくださって、一緒に礼拝をしてくださる方もおられるのです。 
3. 振り返り
今日の礼拝では岐阜教会で、そして昨年のペンテコステの礼拝では大垣教会で、外国語でも聖書朗読に加わっていただきました。突然で驚き、また喜んでいただきました。こんな風に、神様の奇跡が突然起こり、自分たちの言葉で、神様の言葉を聞くことができました。神の言葉が言葉を超えて伝わったという奇跡でした。そして今は、説教はとりあえず日本語だけですが、インターネットを使って場所を超えて、神様の言葉が伝えられている教会が始まりました。
でも、ただ技術的に可能で、新しい事を始めるだけでは十分ではありません。何が必要でしょうか?それは、今日の福音書のイエス様の言葉を聞くと答えが示されています。「彼らに息を吹きかけて言われた。『聖霊を受けなさい。』」とです。聖霊を、神様の霊を受けて、私たちの働きは、意味があるものになるのです。
4. 勧め
さて、今回の感染症予防のことで、私たちが皆、勉強させられたことがあります。それは、ウイルスは喉や口から入り、粘膜を通して体内に取り込まれ、感染し、やがて発症していくということでした。ですから、感染予防のためにマスクを使っています。うつらないためにも、うつさないためにもです。
興味深いことに、私たちの「のど」は、大切なものが通ります。
1)一つは食物。動物と同じく生きていくために必要な水や栄養素が通ります。
2)もう一つは空気です。息を吸って吐いて、呼吸をしています。どうして神様は別の入り口を作らなかったのかなと思ったことがあります。話しながら食べたりすると、間違った方に入ってしまって、せき込んだり、肺炎になったりしてしまうことがあるからです。
3)でも、ここを通っていったもう一つの大切なものがあります。「神の息」です。「神様が土をこねて人を作り、鼻から息を吹き込んで、人は生きたものとなった」と聖書は大切なことを伝えています。
アダムは神の息を吸い込み「生きたもの」となりましたが、人は罪を犯し「死んだもの」となり、楽園を追放されてしまいました。しかしペンテコステのこの日、神の霊、神の息吹をもう一度受けて、「本当に生きたもの」になりました。
4)最後に考えましょう。喉から出るもう一つの大切なものがあります。それは、「ことば」です。肺にためた息を押し出して、喉を通過するときに声帯を、また口や鼻を通過するときに舌や唇、上あご、鼻の奥も使って、それらを自在にコントロールして音を出す、これが「言葉を話す」ということです。言葉には私たちの感情や考えが乗っていき、表現され、やり取りされます。聖霊降臨の日、神は人々の吐く息、言葉をも変える奇跡を起こされたのです。
私たちは、飲食し、呼吸をし、神の息吹をしっかり吸い込んで、そして真実と愛の言葉をかたって、「本当の命」を生きていかねばなりません。
そうなる弟子たちに、あらかじめ、イエス様は命じておられます。「父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」と。あなたは誰に遣わされていますか?
それは、あなたが出会う人たちです。今週も、神の息吹をしっかり吸い込んで、神様を伝え、人を愛し奉仕し、より良い社会へ変革するための生活をしていきましょう。あなたに、神様の祝福がありますように。

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