2020年4月29日水曜日

週報・説教 20200503 復活節第4主日





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テキスト版 週報
日本福音ルーテル 大垣教会・岐阜教会 共通週報 
大垣教会 〒503-0015 大垣市林町7-141   ☎0584-78-1580
岐阜教会 〒502-0867 岐阜市鷺山南21-43 ☎058-231-7897
牧師 徳弘浩隆 Tel:090-65384408 Mail:tokuhiro@jelc.or.jp


1. 初めの歌 教団(大垣)162 あまつみつかいよ / 教会(岐阜)158 主イエスのみ名こそ
2. み名による祝福 式文 p.1
3. 罪の告白の勧め 式文 p.1
4. 罪の告白 式文 p.1
5. 赦しの祈願祝福 式文 p.1
6. キリエ 式文 p.1
7. 特別の祈り
私(わたし)たちの羊(ひつじ)飼(か)いである神(かみ)様(さま)。あなたは私(わたし)たちひとりひとりの名(な)を呼(よ)んで、死(し)の谷(たに)を越(こ)えて安(やす)らかな地(ち)へと導(みちび)いてくださいます。あなたの家(いえ)に用(よう)意(い)されている喜(よろこ)びの宴(うたげ)に向(む)かって確(たし)かな足(あし)取(ど)りで歩(あゆ)むことができるよう、御(み)声(こえ)をもって私(わたし)たちを導(みちび)いてください。あなたと聖(せい)霊(れい)とともにただ独(ひと)りの神(かみ)、永(えい)遠(えん)の支(し)配(はい)者(しゃ)、御(み)子(こ)、主(しゅ)イエス・キリストによって祈(いの)ります。アーメン
8. 聖書朗読
第1朗読 使徒言行録 2:42~47(新217)
第2朗読 1ペトロ 2:19~25(新431)
福 音 書 ヨハネ 10: 1~10(新186)
9. 説教 「キリストは救いの門」  徳弘浩隆牧師
10. 信仰の告白 式文 p.2 使徒信条
11. 献金 主に捧げましょう
12. 献金の祈り 式文 p.2
13. 主の祈り 式文 p.2
14. 終わりの祈り -式文の祈りか、祈祷文②、祈祷文③、または自分の祈りでも
15. 終わりの歌 賛美歌21 471 勝利を望み 週報p.3 コラム内
16. 黙祷

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説教 キリストは救いの門
1. 導入
今日の聖書の話は、「羊飼いと羊」についてのたとえ話の前半の部分です。今日選ばれている部分をもっと進んで読んでいくと、「私は良い羊飼いである」ということばから、有名な「よい羊飼い」のたとえになっていきます。
良い羊飼いのたとえ話はみんなが好きなところで、「そうですね、イエス様は良い羊飼いで、羊のために危険を顧みず、命も捨てる方ですね」とイエス様の十字架を見上げるメッセージを聞くことができますが、今日はその直前のところまでしか選ばれていません。さて、どうしましょう。
今日のたとえ話は、大きく分けると二つになります。イエス様は「羊の囲いにいる、偽物ではなくて、門を通って出入りする本当の羊飼い」であるという事。そして話が進んでいくと、少し飛躍して、イエス様は「羊の門である」という話になっていきます。
イースターの後、復活節第4主日ですが、その日にこの聖書個所を読む際の、神様のメッセージは何でしょうか?
そして、いま世界は新型ウイルスの感染症で異常な生活を強いられていますが、そんな今日を生きている私たちに対する神様のメッセージは何でしょうか。一緒に聞いていきましょう。
2. 聖書
 「羊の囲い」はユダヤ人の人々で、その面倒を見るべき羊飼いは宗教指導者を表しています。しかし、羊飼いは羊の面倒を見るのではなくて、羊を食い物にしている。みんなを苦しめてばかりいて、権力や金銭にもまとわりついていたのでしょう。旧約聖書のエゼキエル書34章の言葉も背景にあったと考えられています。羊飼いが羊を食い物にしているのを神様は怒って、「まことに、主なる神はこう言われる。見よ、わたしは自ら自分の群れを探し出し、彼らの世話をする」と神様ご自身が直接世話をすることを、そして「わたしは彼らのために一人の牧者を起こし、彼らを牧させる。それは、わが僕ダビデである。彼は彼らを養い、その牧者となる。また、主であるわたしが彼らの神となり、わが僕ダビデが彼らの真ん中で君主となる」と、ダビデ王のような指導者をもう一度立てて救うと、メシヤ預言につながる言葉になっていきます。
ここでイエス様がこのたとえ話で非難されているのは、ファリサイ派の人々でした。彼らは意味が分からなかったと、記されています。
それに続いて、今度は「私は羊の門である」とイエス様は語られます。これは、ヨハネ福音書14章6節の「私は道である」という言葉を思い出させます。イエス様を通らなければ、救いはない。神様のもとへはいけない、という事です。
3. 聖書の学び
 私は、今日のこの二つのたとえを読み、祈りながら過ごし、こういう伝統的な説明と少し違う、二つのことを思い起こさせられました。
(1)罪を犯して楽園を追放されたわたし達罪人の回復と、(2)エジプトで奴隷だった彼らが選ばれて疫病や死を逃れ、約束の地へと脱出していったことでした。
(1)きょうの聖書で、羊飼いは門に来ると門番は門を開けてくれます。そして、朝出る時は羊の名前を呼んで、羊はついていきます。それは、神様に背いて罪を犯していった聖書の「あの日」のことを思い起こさせます。神様は楽園で「アダムよ、アダムよ、どこにいるのか」と名前を呼びますが彼は罪を犯したことがばれるのを恐れ、ついていかずに隠れていました。楽園を追放されたときには、神様は楽園の入り口に、ケルビムと回る炎の剣を置いて入ってこられないように門を閉じたのでした。
(2)そして次は、イエス様が門で、わたしを通って入るものは救われるといわれます。これは、旧約聖書の出エジプトの話を思い出させます。エジプトでの奴隷生活から脱出するときに、神様がたくさんの災いをエジプトにもたらしましたが、神様を信じて、神様が言われる通りに、羊の血を家の門柱に塗ったユダヤ人の人々は、その長男が死なずに済み、その混乱の中脱出することができました。罪の赦しのために犠牲となった神の子羊、イエス・キリストを表す予型とも考えられています。
 このように読むと、今日のイエス様のたとえ話は、私たちの人類の罪を思い起こさせてくれます。名前を呼ばれても隠れ、門から追放されて、厳しい門番が守っている楽園ですが、イエス様についていくなら、もう一度そこに出入りすることができるようになるのです。イエス様は、アダムの犯した罪を、人類が抱える罪を背負い、解決し、私たちをゆるして、招いてくださったのです。
 そして、イエス様という門を通れば、罪の奴隷なような、生きにくい、むつかしい人生を脱出して、神様が準備してくれた世界に入っていくことができます。そこは、自由と安心のある世界です。
4. 振り返り
 そんなことを、重ね合わせて考え、イエス様の救いを見上げてもよいのではないでしょうか。私は、そんなことを考えながら、今の世界の状況を見ながら、やはり、人類の罪を悔い改めさせられています。
ただ、問題が解決して、病気の流行が収まって、よかったよかったというわけではなく、人類が犯してきた罪、今も犯していてたくさんの問題をないがしろにしてきた罪を、悔い改めねばなりません。今回の病気で、世界中で、たくさんの問題が表面化して来ています。
旧態依然の体制や社会システムの延長にある今の日本の社会も、問題が現れています。政府の給付金も「世帯主」に世帯みんなの分を振り込むというやり方は、かつての封建的な「世帯」というものが前提です。そこには、家庭内暴力や離婚調停中、別居、また親と一緒に過ごせない子どもたちの悲鳴は聞こえていないのです。「もっと人間らしい生き方を」と、働き方改革をうたいながら、リモートワークや時差出勤ができず、はんこ文化で電子化も進んでいない社会の因習が障害になっています。
先週東海教区の教区常議員会もありましたが、教会でも、旧来の在り方を新型コロナ以降の復帰の目標にせず、改めることがよいといわれながらできなかったことは、今回思い切って改革して、無駄な経費も節減し、より命が通った教会にしていかねばと、話し合いました。
5. 勧め
変わってしまった毎日の生活、どうされていますか?電話やメイル、メッセージで交流しましょう。先週は礼拝後、LINEで顔を見ながら数人とおしゃべりをして元気をもらいました。今日も、週報に書いている通り計画しています。私は皆さん全員にはまだお声掛けはできていません。すみません。主の祈りのカードを作ってメッセージを書いて、週報と一緒にお届けしました。それぞれの場所で、一緒に祈りましょう。
暗く、重たく感じる時には、賛美歌を歌いましょう。今日の最後の讃美歌は週報の「水曜コラム」にある、We shall overcomeで、賛美歌21の471番にもある歌です。「きっと乗り越えられる。その日を信じて、すすもう。平和と自由を 主は与えてくださる。その日を信じて、進もう」。英語でも簡単な文章の歌です。We shall overcomeという歌詞が、ふと私の頭をよぎり、思い出しました。苦しい時、つらい時も、夢を信じて、神様を信じて、歌いながら歩んでいきましょう。
神様の祝福がありますように。

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水曜コラム We shall overcome. ~ I have a dream. 聖書の集会と祈りの会のコラム。 
恐れと闇の中、平和と自由がない。
そんな毎日を生きている自分の姿。
TVニュースも飽きて、必死に祈る
祈りも、少し疲れた。そんな風に感じることはありませんか?もっと、希望を信じて、元気に生きていきたい。みんなそう願っています。
そんな時に、頭をよぎった歌詞、
We Shall Overcome. 私たちはきっと、乗り越えられる! 乗り超えるべきだ。そんな歌を歌いたくなりました。黒人差別にいどんだ公民権運動の中でこの歌は歌い継がれました。しかし、マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師は、「戦い」や「勝利」という言葉は使わず、「I have a dream、私には夢がある」と演説し、人々を導きました。 未知のウイルス感染症との戦いの中、私たちも希望と夢を歌いながら祈りましょう。賛美歌21の471番に収録されています。
1 勝利をのぞみ 勇んで進もう、
  大地ふみしめて。
  ああ、その日を信じて
  われらは進もう。
2 平和と自由 主はいつの日か、
  与えてくださる。
  ああ、その日を信じて
  われらは進もう。
3 We shall overcome
We shall overcome
We shall overcome someday
Oh deep in my heart
I do believe
We shall overcome someday

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子ども コーナー (おとなもどうぞ)      どういけばイエスさまにあえるかな? ぬりえもどうぞ。

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今年度の主題  「豊かに実を結ぶ」(ヨハネ15:4)     
お知らせ1 (再掲) 
・ご心配や、ご不安なことがあれば、教会員同士や、牧師までご遠慮なくお電話ください。心配は心配と口に出されると、少し軽くなります。一緒に祈って、相談に乗ってくれる教会の仲間や、牧師がいますから、ご連絡ください。
・教会では、連絡が取りやすいように「相互牧会グループ」に分けて、お世話係を決めました。何かあればご相談ください。週報はメイルだけで結構な方は牧師までメイルアドレスをお知らせください。数人から連絡をいただきました。
・それぞれの仕事やご家庭でも、感染予防に努めてください。市中感染も始まっていますから、ご本人や家族に感染者が出た場合も、ご心配なく牧師までお知らせください。祈りましょう。そして、対策を一緒にいたしましょう。
お知らせ2 
・先週12.30-13.00に、「礼拝後の交流の時間」を試験的にLINE上でやりました。6名参加で、久しぶりに家族以外の方と大お笑いして、楽しく、元気をいただきました。
・<新企画>ルーテル大垣岐阜ミーティング。今日は、11.30-12.00までの間、顔を見ながらのNet交流会を持ちます。入場・退場自由。顔を見ながら、少し挨拶しませんか?時間になったら、以下のリンクを入力してください。または右のQRコードをスマホで読んでください。
https://meet.jit.si/LutheranOgakiGifuMeeting 
カメラ付きPCならそのまま参加できます。スマホなら、誘導されるアプリ(Jisti Meet)をダウンロードしてインストールすればOK。登録などは必要ないので安心です。顔を見ながらの聖書研究会や、祈り会、礼拝にも使えるので、次回10.30から礼拝でもテスト運用してみます。よろしければどうぞ。
・4月28日(火)Web会議で東海教区常議員会開催。公開の礼拝や集会を休止して会計が厳しくなった教会もあり、教区からの緊急貸付制度が新設されました。教会の働きもお支え、お祈りください。

礼拝は4つの方法で。
(1)週報と式文を読みながらの家庭礼拝、
(2)Facebookで徳弘牧師のアカウントから、
(3)鈴木兄のご奉仕でYoutubeから、
(4)上記「ルーテル大垣岐阜ミーティング」で双方向で(新)、同時に視聴しながら参加できます。
これらすべては、ここからどうぞ。https://officepastorgabriel.blogspot.com/

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次週の礼拝 05月10日 復活節第5主日(白)  
聖書日課 
第1朗読 使徒言行録 7:55~60 (新227)
第2朗読 1ペトロ 2: 2~10 (新429)
福 音 書 ヨハネ 14: 1~14 (新196)
説教 「心を騒がせず、神を信じなさい」 徳弘牧師   
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聖書解説ミニ知識:風の谷より
聞く耳のある者
 復活節の目的は復活の出来事を読むことと、後半に入ってからは聖霊降臨日に備えて、聖霊について主の言葉から学ぶというものです。 福音書の内容も、それまでの復活の出来事から、イエス様の教えへと変わりました。今回は羊、羊の門、良い羊飼いの譬えです。これだけを見ますと、羊と羊飼いが互いに信用している図が浮かんできますが、注意したいのは、この譬え話が目の見えない人を癒したイエス様の奇跡に続いているという事です。 羊は羊飼いの声を聞き分け、羊飼いも羊一頭一頭の声を聞き分けるということです。目の見えない人の癒しでは、見えるか見えないかという事で争っていましたが、大切なのはそうではなく、聞くという事。それも語る言葉から羊飼いの声を聞き分けるという事なのです。それも、これが聖霊の話なので、聖霊が語りかける一つ一つの声を聴き取ることの大切さが語られているのです。聖霊の声に耳を澄ますことが大切です。こちらから声を発するだけでは、聞こえては来ません(HM)


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