親知らず考
この二週間ほど、おかゆと豆腐ばかりを食べる日が続きました。原因は「親知らず」を抜いた後の痛みでした。右下の奥歯に痛みが出始めたのですが、その隣の「親知らず」が悪さをしているというのです。斜めで隣の歯にぶつかる格好で、どれだけ歯磨きをしても磨き残しが出るのだそうです。そこで、エイッと抜いてもらいました。痛みはありません。でも麻酔が切れたら痛みが続き増しました。ドライソケットといわれる症状らしく、抜いた後に出血があり蓋ができて、そのあとに歯茎の肉ができて、だんだん元に戻るらしいのですが、私は出血がなくて窪みの底にあごの骨が見えているままで、その神経が痛むそうです。「時々こういう方もおられるので、気の毒ですが」と言いながら、グリグリと引っ搔くようにして出血を促しますが、「なかなか血が出ませんねぇ」と。そんな日が2週間近く続きました。
SNSのメッセージのついでに「親知らずの後が痛くて、苦労している」と昔の友人に言いますと、「ああ、ボクもそうです。親不孝ばかりで恩知らずです」という返事。「いや、それとは違うんだけど」と言いながら、「ぼんやり知っている親知らずという名前の意味や、外国語ではどういうんだろう?」と気になりました。
「親知らず」の説明は下の表のとおり。外国語でも同じような言い方があるのかなと、ChatGPTに調べて一覧表にしてもらってビックリ。ほとんどそんな言い方はなく、絶対的多数は「知恵の歯」「分別の歯」「思慮の歯」という呼び方なのです。大人になってから、知恵や分別が付くようになってから生えるからという理由だそうです。これは語族が違う多様な言語でも共通でした。
さて、自分の生き方はどうかなと考えさせられました。自分が本当の親である神を知らずにいる「親知らず」かもしれず、「恩知らず」かもしれません。知恵や思慮・分別が付くころ生えた歯を持っているけれど、私たちはそれほど「知恵や思慮・分別」があるだろうか。
そう、韓国語も調べてみたら、사랑니(sarangni・愛の歯)と呼ぶそうです。「サランへ」のサランですね!「愛を知る年ごろ、初恋の時期」というネーミングを知って、ちょっとホッコリしました。
聖書を通して、親なる神を知り、知恵や思慮・分別を養い、愛の人となれるよう、生きていきましょう。
(これは、浜名教会牧師として三遠地区の諸教会の週報に寄せる牧師エッセイの転載です)
牧師:徳弘浩隆
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